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日本サッカー協会の早生まれセレクションが契機に
早生まれでなかったら、プロサッカー選手にはなれなかったと思います。今ごろは学校の先生をしていたんじゃないかな。 転機は、静岡県立清水東高校1年生の時でした。日本サッカー協会が企画した、早生まれの高校1年生が対象の「U16(16歳以下)」日本代表候補の選考会に参加したんです。同学年のなかで埋もれがちな早生まれに焦点を当て、原石を探そうという試みです。これで、それまでハンデだと思っていた早生まれがチャンスになりました。 海外の選手はよく、「サッカー選手になりたい」ではなく、「サッカー選手に選ばれたい」と言うんです。能力を持っているだけでなく、誰かに見つけられ選ばれないとプロにはなれない。そうした意味では、僕は早生まれだったから、選ばれた。あの年に早生まれ選考があったのは、本当にラッキーでした。 といっても、それは振り返って感じることで、当時の僕は監督に「行ってこい」と言われ、「はい、分かりました」という感じで出かけただけでした。そこで足の速さなどを評価され、日本代表の候補に選ばれました。それまで日本代表どころか、県代表にすら選ばれたことがないのに。その後、いくつかのプロチームからオファーが来るようになり、高校卒業時に鹿島アントラーズへの「就職」を決めました。清水東は進学校だったので、「就職」は自分だけ。センター試験を受けなかったのも僕一人だけでしたね。 僕が生まれる時、父は母に「(産むのは)4月まで待て」と言っていた、と笑い話でよく聞きました。父は中学校の体育教師だったので、特にスポーツをする上で早生まれがハンデになると知っていたのでしょう。僕に向かって何か言うことはありませんでしたが、両親は両親で気にしていたのかもしれません。
からの記事と詳細 ( 「早生まれでなかったらプロ選手になれなかった」 サッカー元日本代表・内田篤人さんに聞く(朝日新聞EduA) - Yahoo!ニュース )
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