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Sunday, July 17, 2022

欧州サッカー、競争が生むビッグクラブのインテンシティー(写真=AP) - 日本経済新聞

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サッカーの中継や記事の中で「インテンシティー(強度)」という言葉を聞かない日はない。ピッチ上のインテンシティーについて私が語ることは門外漢のそしりを免れないので、今回はちょっと引いた視点でこのキーワードについて考えてみたい。

プレーの強度でいうと、英プレミアリーグのリバプールやマンチェスター・シティーの試合が時代の最先端を走る感じだろう。彼らが直接ぶつかるときは予想を超えた壮絶な試合になる。そのたびに思うのが、戦術的なイノベーションを生み出す、苛烈な競争環境である。

その競争はピッチの外も同様に激しい。ベースにあるのはサッカービジネスのグローバル化である。その弊害については金満クラブの誕生と貧富の差の拡大、格差の固定化など私も繰り返し述べてきたが、メリットもある。昔の一流選手たちが驚くほど、今の選手は高給取りになったし、最新のデータサイエンスを採り入れた戦術的イノベーション、スポーツ医科学に基づく選手の能力開発は日進月歩の勢いだ。

CL出場権は死活問題、逃すと負のサイクルに

世界展開に力を注ぐビッグクラブがあらゆる手段を講じてチームを勝たせようとするのは、シンプルに「勝たないとまずい」からである。欧州のサッカーシーンでは1勝の価値がハイパーインフレのごとく上昇、その象徴が欧州チャンピオンズリーグ(CL)になっている。自国リーグで4位以内なり3位以内になって、翌シーズンのCLにストレートインできるかどうかは、大きなクラブほど死活問題になるのだ。

英プレミアリーグのアーセナルはその苦しい見本だろう。2016-17年シーズンを5位で終えてCL出場を逃してからは、ずっとそこに戻るのに苦労している。CLに出られないことで放送権料などの分配金が減り、それで補強に回せる資金が細り、国内リーグの成績が落ちて、CLに戻れないという負のサイクルにはまり込んでしまった。

一方、CLの常連になるとヒト、モノ、カネで潤うサイクルをずっと回せるので、今季10連覇(!)を果たしたドイツのバイエルン・ミュンヘンのように国内のライバルとの格差を固定化することも可能になる。

1勝、あるいは勝ち点1の差で取り分に大きな差が出るとなれば、ピッチの内外で知恵を絞ってイノベーションを生もうと必死になるのは自明のこと。どこかが何かに成功すると、その進化を超えるものを別のところが編み出す〝しりとり合戦〟のような連鎖反応が起こる。そういう意味では今は「究極」の姿に映るリバプールやマンチェスター・シティーのインテンシティーに満ちたサッカーを、別のアプローチで超えるチームがやがて出てくるのだろう。

苛烈な競争環境は、私が関わるTwenty First Group(TFG、本社英国)のようなスポーツインテリジェンスファームが生まれる背景にもなっている。扱う投資額が大きくなればなるほど失敗も大きいので、監督選びや選手の移籍市場において、クラブとしては失敗しないためのセカンドオピニオンがほしくなる。投資対効果を精査したくなる。それでデータ収集とそれに基づく分析、提言ができる組織の出番となるわけだ。

「選手の資産価値」も監督の評価対象

ちなみに、欧州のクラブ関係者の念頭には常に移籍市場があって、選手の年齢を非常に気にする傾向があるようだ。移籍市場では安く買って高く売るのが原則で、最高値で買って値が落ちていくのが最悪。サッカー選手のピークは多少のばらつきはあれど、大枠で20代終盤辺りと考えられるので、移籍金を重要な収入源と考えるオーストリアのザルツブルク、オランダのアヤックスのようなクラブは割り切って若いタレントばかり集める。選手の資産価値は若ければ若いほど、後の上がり幅の上昇を期待できるからだ。

それで監督の評価ポイントにも「この監督は選手の資産価値を高めたか」という観点が存在するようだ。仮にタイトルを逃しても若手の資産価値を高めれば一定の評価はされる。最悪なのは力量的にピークにある選手をそろえても勝てない監督で、それは勝てない上に選手の資産価値を上げることもできていないと判断される。

そのあたり、日本はちょっと事情に特殊なところがある。選手育成に高校や大学といった部活が有効なプラットフォームとしてあることだ。どれだけいいタレントを輩出しても一義的には教育機関だけに、ビジネスの原理は入りづらい。それでクラブ側も言葉は悪いが、部活ルートから選手を安く調達できるために、そこまで移籍金ビジネスで頑張らなくてもいいという発想になりやすいのではないか。

Jリーグはプロ入団1年目の選手の年俸を「C契約」と称して一律に低く抑えており、プロ野球のように億単位の契約金を払うこともしない。それはクラブの健全経営に資する半面、基本の年俸が低いから契約解除金(移籍金)も高く設定しづらい。

高額な移籍金を手にするには高額の契約解除金を付帯した複数年契約が前提になるが、安く調達できることもあってまだまだそのリスクをJクラブは取らない傾向があるように見受けられる。それで有望なタレントがフリー移籍も同然の値段で海外に流出する。選手の移籍ルートが川上から川下までサプライチェーンとしてつながっている欧州や南米とはビジネス感覚において大きな隔たりがある。そういう彼我の差を無視して一概に「日本のクラブ経営者はダメだ」とは言えないと思う。

蛇足ついでにいうと、欧州のクラブはBS(貸借対照表)で経営を考え、日本はPL(損益計算書)で考えるくらいの違いを感じることがある。移籍金を収入の大きな柱にできない日本のクラブは単年度の収入とコスト損失の帳尻を合わせるのに目が向きがちで、何年後に選手を含めたクラブの資産価値はこうなっているという展望を描きにくいのだと思う。それは日本のマーケットの特殊性に起因しているのだろう。

グローバル化が変えたW杯の位置づけ

日本サッカーのこの30年の歩みを振り返ると、日本サッカー協会(JFA)主導だったと思う。日本代表の成長と活躍がカンフル剤になり、その好影響がJリーグにも及んでお金が回るようになった。サッカー界のイノベーションはまだゆったりしていて、4年に1度のワールドカップ(W杯)を分析し、その結果を次の4年に落とし込むという成長戦略を回すことができた。しかしグローバル化したクラブが巻き起こす競争環境は、W杯の位置づけも変えた。新しい戦術も選手のショーウインドーの役割も、今はどちらもクラブサッカーが担っている。

こうなると協会中心、協会発のイノベーションはこれまでの発想の延長では簡単ではないように思う。協会の世界は国際サッカー連盟(FIFA)という組織を頂点にその下に各大陸連盟、その下に各国のサッカー協会がぶら下がるピラミッド構造になっている。協会のサッカーは国境が〝縛り〟としてあるわけで、可能な限りベストな人材を国籍問わず集め、国をまたいでビジネス企業として競争するクラブサッカーのイノベーションと比べると、どうしても後手に回りがちになるように思うのだ。

欧州選手権に続いて、ネーションズリーグ(NL)という代表チーム同士のコンペティションを18年から欧州サッカー連盟(UEFA)が創設したことでスケジュールが埋まり、欧州域外の日本は欧州勢と強化試合を組むことが非常に難しくなった。この状況が進むと、日本代表は本当に4年に1度のW杯でしか「世界」が分からないままになる。国や大陸を分けるボーダーが日本代表の成長の障壁になるわけだ。この壁を乗り越えるには日本代表がNLに出場するくらいの道筋を外交努力でつける、そんな大胆な発想が求められるのではないかと思っている。

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