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Tuesday, March 8, 2022

人工胚をつくる最後の「部品」完成 - 日本経済新聞

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日経サイエンス

数種類の細胞を混ぜ合わせ、生命の萌芽(ほうが)である胚を形づくる──。そんなSF(空想科学小説)的な未来図の実現に不可欠な細胞の最後の1つが完成した。

マウスの受精卵が分裂してできた胚盤胞からつくった新たな幹細胞で、胎児を包む「卵黄囊(のう)」を形成する。すでに完成している2つの幹細胞、胎児の体をつくる胚性幹細胞(ES細胞)と胎盤になる栄養膜幹細胞(TS細胞)と組み合わせれば、原理的には、生命の萌芽である初期の胚をつくることが可能になる。

新しい幹細胞を作製したのは、千葉大学大学院医学研究院の大日向康秀講師と理化学研究所生命医科学研究センターのグループ。3つの幹細胞を混ぜると初期の胚に似た球状の塊が生成し、マウスの子宮に移植したところ、一部は着床した。ただ子マウスの誕生には至らなかった。成果は2022年2月3日付のサイエンス誌に掲載された。

3つの細胞から生命をつくる

受精卵はたった1個の細胞だが、生命の誕生に必要なあらゆる細胞に分化する能力を備えている。分裂して2つ、4つの細胞になっても、この能力は保たれている。

しかしさらに分裂が進んで数十個程度の「胚盤胞」と呼ばれる状態になると、細胞の役割分担が決まってくる。形もただの細胞の塊から、内側と外側の細胞に分かれ、中に空洞のある構造体になる。

外側にある細胞(イラストの青色で示す)は栄養膜と呼ばれ、やがて胎盤になる。内側にある細胞は2つに分かれ、奥にある細胞(赤色)は胎児の体をつくり、表面にある細胞(緑色)は胎児を包む卵黄囊と呼ばれる膜になる。

生物発生の研究においては、胚盤胞を構成するこれら3タイプの細胞から、それぞれの幹細胞をつくる試みが続けられてきた。幹細胞というのは培養によって無限に増殖し、多様な細胞に分化することができて、凍結保存も可能な細胞のことだ。

生物の発生などの研究にはマウスの初期胚が欠かせないが、それを得るにはマウスから卵子・精子を採集し、体外受精させる必要がある。ヒトに比べればマウスは一度に多くの卵子を得られるが、それでも数十個ほどだ。

雌には採卵前にホルモンを投与する必要があるなど、手間も時間もかかる。3タイプの細胞をすべて幹細胞にできればそれらを冷凍しておき、必要なときに試験管内で混ぜ合わせるだけで胚をつくれる可能性が開ける。

3つのうちで最初につくられたのは、おもに胎児になるES細胞だ。英国の生物学者マーティン・エバンス博士とマシュー・カウフマン博士が約40年前の1981年にマウスで樹立した。ES細胞は「万能細胞」と呼ばれることもあるが、胎盤にはならないので子宮に移植しても着床せず、それだけでは成長できない。

次につくられたのは胚盤胞の外側にある栄養膜の細胞からつくったTS細胞だ。98年、当時カナダ・トロント大学にいた現・東京大学大学院農学生命科学研究科の田中智教授とジャネット・ローサン博士が作製した。

卵黄囊になる幹細胞

だが、ES細胞とTS細胞だけでは生命を誕生させることはできない。生命誕生に不可欠なパーツが欠けている。それが卵黄囊だ。哺乳類の胚は卵黄囊という膜に包まれているが、これはES細胞やTS細胞からは形成されないことが実験からわかっていた。

大日向講師は「哺乳類の卵黄囊は発生初期に特に重要な組織です。マウスは受精後19.5日で生まれてきますが、胎盤が機能するようになるのはだいたい10日後くらいから。つまり、妊娠中の前半は卵黄囊が胚を支えているのです」と語る。また脊椎動物の進化の歴史を考えると「胎盤は哺乳類で初めて出現した新参者。魚以来、胚を支えてきたのは卵黄囊で、これなしには生命は生まれてこられないのです」という。

今回新たに作製した幹細胞は、この卵黄囊に分化する。内部細胞塊の表面にあり空洞に接する層(原始内胚葉)からつくったものであることから、原始内胚葉幹細胞(PrES細胞)と名付けた。

原始内胚葉を取り除いて卵黄囊をつくれなくした胚盤胞にPrES細胞を注入して子宮に戻したところ、PrES細胞が正常な卵黄囊へと分化して健康な子マウスが誕生し、PrES細胞から完全な卵黄囊が形成されることが確認できた(写真)。

研究チームがPrES細胞とES細胞を混ぜ合わせ、さらにTS細胞を加えたところ、自律的に球状の構造体をつくった。一見胚盤胞に似ているが、3タイプの細胞の配置が異なる。これを雌マウスの子宮に移植したところ、30%ほどが着床した。

妊娠後7.5日に相当するタイミングで調べたところ、PrES細胞が卵黄囊のような膜に分化していることを確認できた。幹細胞からの人工胚づくりに挑んだ研究は多いが、胚とそれを包む膜構造まで似たものができたのは初めてだ。しかし子マウスの誕生には至らなかった。

今回の結果について、大日向講師は「(生命をつくる)材料はそろったけれど、まだ適切な調理方法を突き止められていない段階です」と話す。今後、培地に加える因子や細胞を混ぜ合わせるタイミングなどを検討し、子マウス誕生につなげたいとしている。

初期発生の解明に威力

胎児や胎盤に比べ卵黄囊の研究はこれまで立ち遅れていた。「その一因は幹細胞がなかったことにあります」と大日向講師は指摘する。3タイプの幹細胞が出そろったことで、今後は初期の発生のメカニズムを解明する研究が加速するとみられる。

たとえば胚盤胞では、細胞塊のどの部分が頭になりどの部分が尾になるかを決定するシグナルが原始内胚葉から出ていることがわかっている。研究が進めば、こうした原始内胚葉の役割がさらに詳しく見えてくるかもしれない。

原始内胚葉から樹立された細胞はPrES細胞が初めてではない。カナダのローサン博士のチームが2005年に報告した「XEN細胞」がそれである。

しかしXEN細胞からできるのは卵黄囊を構成する複数の膜のうちの一部だけで、完全な卵黄囊をつくることはできないため、幹細胞とはいえない。これに対してPrES細胞は、卵黄囊はもちろん、原始内胚葉から分化するすべての細胞に分化できる。

胚盤胞に含まれる原始内胚葉と2つの幹細胞であるPrES細胞、XEN細胞のそれぞれで発現している遺伝子を調べたところ、PrES細胞の遺伝子の発現パターンは原始内胚葉の細胞とよく似ており、多能性にかかわる遺伝子グループが発現していることが明らかになった。一方XEN細胞では、多能性を示す遺伝子はほとんど働いていなかった。

ヒトのPrES細胞はできるか

将来、ヒトのPrES細胞をつくることはできるのだろうか。ES細胞はマウスでの樹立から17年後に、米国のジェームズ・トムソン博士のグループがヒトのES細胞を作製した。またTS細胞ではマウスでの成功から19年後に、東北大学の有馬隆博教授のグループがヒトのTS細胞を樹立した。

PrES細胞も同様の経緯をたどるのだろうか。大日向講師は「実はヒトのPrES細胞の作製も試みました」と話す。だが、マウスと同様の条件ではうまくいかないことがわかった。

またPrES細胞の作製にはヒトの胚盤胞を使わなければならない。研究に必要な数を集めるのが困難な上に、倫理的な批判もある。研究チームは、ヒトと初期発生が近いとされているブタでの研究を進める考えだ。

(科学ライター・詫摩雅子)

日経サイエンス2022年4月号に掲載

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