昨年12月、トヨタ自動車が2030年のバッテリーEV(電気自動車)の生産台数目標を明確に打ち出した。これにより愛知県では、それまでトヨタ向け投資にしか興味を示さなかったサプライヤーまで、真剣にM&Aを考えるようになった。特集『沸騰!M&A仲介 カネと罠』(全15回)の#11では、トヨタケイレツの“大編成”を前に、本気で試行錯誤を重ね始めた愛知県の銀行の取り組みを追う。(ダイヤモンド編集部 新井美江子)
愛知県がM&Aの激増地に!?
“トヨタEV本気宣言”の衝撃
「昨年末から、トヨタ自動車のサプライヤーの危機感が一気に高まった。それに伴い、ベンチャー企業への出資はもちろん、M&A(企業の合併・買収)を考える企業が増えている」。篠田康人・名南M&A社長は、愛知県が今後、M&Aの激増地になる可能性を、そうほのめかす。
これまで、トヨタのティア2(2次下請け)以下の下請け企業は、M&Aなど考えもしないところがほとんどだったという。トヨタの方針に従って工場を造り、設備を整えてさえいれば、仕事を安定的に受注できたからだ。M&Aに金を使うなら、トヨタ向けの投資を行った方がよっぽど堅実な成長が望めたわけである。
ところが、昨年12月のことだ。そんな自動車部品メーカーの安息地、愛知県に激震が走った。トヨタが「2030年にバッテリーEV(電気自動車)のグローバル販売台数で年間350万台を目指す」と、“EV本気宣言”を行ったのが原因である。
脱炭素という世界的な潮流の中、トヨタは他の自動車メーカーに比べれば、まだEV化に慎重といえるかもしれない。それでも「350万台」は、「燃料電池車(FCV)を含め200万台」としていた同社の従来計画からすると、大幅な台数アップである。
トヨタはサプライヤーへのインパクトの大きさや、日本の自動車産業の競争力低下を鑑み、できるだけ時間をかけてEV化を進めるだろうと考えていた愛知産業界の衝撃は大きかった。
トヨタのサプライヤー関係者によれば、すでにEV化で不要になる部品を製造しているメーカーの中には、取引先から内々に、30年までに取引額が半減~8割減になると通達されているところもあるという。いまや、「トヨタと共に発展すると信じて疑わなかった部品メーカーですら、トヨタからの“自立”を含めた戦略転換を意識せざるを得なくなっている」(愛知県の金融関係者)。
足元では好調な国内の自動車生産も、「2年後くらいにはピークアウトするのではないかとささやかれている」(愛知県の別の金融関係者)。部品によっては生産ラインの縮小も視野に入れなければならず、事業の“ソフトランディング”の仕方が問われそうだ。
熾烈さを増す生存競争を勝ち抜きたいなら、既存事業の競争力アップや、新たな食いぶちを確保するための新技術の獲得などに、今まで以上に積極的にならなければならないということである。
折も折、日本の中小企業は全国的に、後継者未定による事業承継問題にも直面しているところだ。篠田社長が語るように、今後、愛知県でM&Aブームが巻き起こるのはもはや必然なのかもしれない。サプライヤー大再編の機運が急速に高まっている。
一方で、サプライヤーを支える銀行も気が気ではないだろう。トヨタを頂点とするサプライヤーピラミッドの再編成が適切に進まなければ、部品の供給が滞ってピラミッドが崩壊し、地域経済全体が沈む可能性すらある。
次ページでは、そうしたリスクをとことん知り尽くす銀行の取り組みに焦点を当てる。愛知県で圧倒的な存在感を示した旧東海銀行の流れをくむ三菱UFJ銀行や、トヨタケイレツの部品メーカーとの取引に強い名古屋銀行は、果たして来たるべき“ケイレツ大再編”にどう対峙しようとしているのか。
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