■創業者とサシで高級料亭で食事。 若手の時、自分でラグビー部を創部して精力的に活動していました。携帯電話用の電子部品「スイッチプレクサ」を開発していた頃も顔を出していましたが、製品がヒットしたことで忙しくなり、徐々に参加できなくなっていました。 そんな折、滋賀県野洲市の職場に創業者の村田昭会長（当時）が訪ねてきました。「今夜、空いてるか？」と突然聞かれ、京都市内の高級料亭でごちそうになりました。 普段はめったなことでは緊張しませんが、雲の上の存在だった創業者と二人きりの食事はさすがに緊張しました。ヒット商品を開発したご褒美なのかもしれませんが、「30代の自分を創業者が食事に連れ出すなんて、優しい会社だな」と思いました。 ■課長自ら顧客開拓も進めた。 スイッチプレクサは売れましたが、フィンランドの携帯電話大手ノキアへの売り込みは苦労しました。現地の大学教授を訪ね、卒業生でノキアに入社した技術者を紹介してもらい、電子メールを送ってなんとか会うことができました。しかし、勝手に技術者と接触したことが上司にばれて、大目玉をくらいました。 それまでは、営業担当が製品カタログを見せて買ってもらうのが主流でした。村田製作所と顧客企業の技術者同士が議論しながら開発を進める「擦り合わせ」と呼ぶ体制は、まだできていなかったのです。今では米国や中国など世界中のスマートフォンのメーカーと擦り合わせで開発していますが、きっかけがノキアなどとの取引でした。 ■「ブルートゥース」の開発にも携わった。 その頃、スウェーデン通信機器大手エリクソンから、携帯電話の電波とは異なる新たな無線技術を採用したいという相談がありました。近距離無線通信ブルートゥースです。米ルーセント・テクノロジーや東芝の部品に我々の部品を組み合わせて、通信モジュールの量産を始めました。 エリクソンの高級携帯電話には搭載されましたがほとんど売れませんでした。イヤホンなどブルートゥース対応の周辺製品が、まだ市場になかったからです。そこで、「完成品には手を出さない」という村田製作所の原理原則を破って、ヘッドホンを作り市場を喚起しようとしました。 これは失敗でした。やはり我々には完成品で市場をつくるほどの力やセンスはなかったのでしょう。とにかく大きくてゴツいヘッドセットでした。ブルートゥースが本格的に普及するのは、量産開始から5年ほどたってからでした。
■あのころ……
村田製作所は1990年代から超高周波数帯の「ミリ波」の研究を進めてきた。当時はレーダーへの活用を目指していた。ミリ波は高速通信規格「5G」でも使われ、今後は通信用途での普及が進む。30年近くの時を経て、本格的な実用化が進みそうだ。 ［日本経済新聞朝刊 2021年5月26日付］
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