金利上昇は日銀にも影響を与える(写真:show999/iStock)
昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第38回。
実質金利の上昇であれば、株価は下落
株価を変動させている要因は、長期金利の上昇だ。この原因は、国債増発だ。これを抑えるには市中から国債を購入する必要があるが、日本では、すでに国債の約半分を日銀が保有しているので、購入には限度がある。したがって、長期金利上昇を容認せざるをえないのではないか? これは金利が正常化していくことを意味するのだが、現実にはさまざまな摩擦を引き起こす。
アメリカでも日本でも、長期金利が上昇し、株式市場が動揺している。長期金利の上昇は、次のような要因によって生じる。このどれであるかによって、株価に対する影響は異なる。
1.経済活動回復による期待インフレ率の上昇。
2.経済活動回復による資金需要の増大。
3.コロナ対策などによる国債増発に伴う国債市場の需給軟化。
4.政策当局が経済過熱を警戒して金利を引き上げるとの予測。
上記のうち1の場合には、名目金利が上昇するだけであって、実質金利は不変だ。2、3の場合は、長期資金市場がタイトになるので、実質金利が上昇する。
一方、理論株価は、将来の期待配当額を名目金利で割り引いたものによって与えられる。
仮に長期金利上昇の原因が上記の1であるとすれば、株価には影響しない。なぜなら、理論株価式の分母も分子も、同率だけ増加するからだ。
期待インフレ率が上昇している可能性は否定できないが、これだけでは長期金利が上がるだけで、株価が下がることはない。
長期金利上昇の原因が上記の2、3、4のいずれかであるとすれば、長期金利の上昇によって株価が下落する。なぜなら、理論株価の式で、分子が変わらず、分母である割引率が上昇するからだ。
アメリカの場合は、3のほかに、2や4の可能性もある。日本の場合、長期金利上昇の原因はおそらく3だろう。
日本銀行のガイドラインでは、長期金利は、ゼロ%を中心として上下0.1%の幅に収めるとしている。ただし、上下0.2%までの変動は認めるとなっている。
長期金利は変動許容幅の上限に近づきつつあるため、変動許容幅を拡大するのか(つまり、長期金利上昇を容認するのか)、あるいは、変動幅は拡大せず、金利を抑え込むのかが問題となる。
これは、3月18、19日に予定されている日銀政策決定会合での主要な検討課題となるだろう。
金利の上昇を認めず、抑え込むためには、中央銀行が市中からの国債購入を増やすことが必要だ。そうすれば、国債の流通価格が上昇し、流通利回りが低下する。
昨年の3月にアメリカのFRB(連邦準備制度理事会)が行ったのは、これだ。アメリカの場合には、いまでも、国債購入増加で金利を下げる余地がある。FRBがそれを決めれば、株式市場の状況が変わる。
日本では、国債購入増加の余地がない
日本でも、同じ政策を取ればいいように思われるかもしれない。
しかし、日本では、同様のことを行う余地がない。なぜなら、異次元金融緩和によって国債を購入し続けた結果、国債発行額のほぼ半分を日銀が保有するという、異常な状態になっているからだ。
この経緯を振り返ってみよう。
異次元金融緩和政策は、量的緩和政策として出発した。つまり、国債購入額の増加が、その手段だった。具体的には、長期国債の購入額を年間50兆円程度にすることとされ、2014年には、これが80兆円に増額された。実際の購入額も増加し、2015年には80兆円を超えた。
この結果、日銀の国債保有額は、2012年12月末には預金取扱機関の約3割でしかなかったが、2015年9月末には預金取扱機関のそれを超えた。
そして、日銀購入額も2016年1月末にピークとなった。その後、日銀はマイナス金利政策に転換し、国債購入額は減っていった。
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2020年9月末では、対前年増加額は約7兆円。これは、ピークのわずか7%にすぎない。「量的緩和政策」からは、いつの間にか脱却していたのだ。
それでも、保有額は増加し続け、2020年9月末は、497兆円となった。これは、国債残高のほぼ半分だ。
他方、預金取扱機関の国債保有額は、128兆円しかない。
これは2020年度の新規国債発行額112.6兆円(第3次補正後)とあまり変わらない額だ。
金融機関は担保などのために一定額の国債を保有している必要があるから、日銀が購入額を増やすといっても、限度がある。
日銀は、最も重要な経済変数である長期金利をコントロールする手段を失っていると考えざるをえない。
昨年、コロナ対策として国債購入額の上限(年間80兆円)を撤廃したのだが、現実の購入額は、上述のように年間80兆円にははるかに届かない状況だったので、これは意味のない決定だった。
日本では、2020年に長期金利は下がらなかった
日本の10年国債の流通利回りは、2013年初には0.8%程度だったが、上述した長期国債購入に伴って下落し、2015年末には0.2%程度にまで低下した。2016年にマイナス金利政策が導入されてからは、ほぼ0%だ(ただし、2019年前半にはマイナスになった)。
注目すべきは、昨年の長期金利下落もわずかだったことである。
長期金利は、2020年の1月にはほぼ0%だった。そして、3月はじめにマイナス0.15%に急低下した。しかし、直ちに上昇して0.09%となり、その後はほぼ0.02%だった。
これは、アメリカで長期金利が顕著に低下したことと比べて、大きな違いだ。
アメリカの長期金利は、2020年の1月には0.9%程度であったが、2月に急激に低下して0.5%となり、その後、0.6%程度で推移した。
日本の株価上昇は、アメリカの場合のように金利低下でもたらされたものではなく、むしろEFT(上場投資信託)の購入増大(およびバブル)によって引き起こされた側面が強い。
以上を考えると、上下に0.2%という変動幅を拡大せざるをえない可能性もある。
金利の正常化は、大きな摩擦を引き起こす
金利上昇の容認は、金利正常化を意味する。
日本の自然利子率(資金の需給を均等化する実質長期金利)がどの程度の水準なのかは直ちには明らかでないが、現在の誘導目標である0%より高いとは言えるだろう。しかし、それに向かっての現実の金利引き上げが、いくつかの問題を引き起こすことは、避けられない。
まず、株価への下落圧力が強まる。
それだけではない。長期金利が上昇すれば、国債発行が難しくなる。どちらも異常な状態から正常な状態への回帰なのだが、摩擦は大きいだろう。
また、金利上昇は、日銀が保有する国債の価値の下落を意味する。これは、含み損だが、満期まで保有しても利益が出るとは限らない。なぜなら、日銀オペで日銀が償還価格より高い価格で買った場合があるからだ。
日銀の「営業毎旬報告」によると、今年2月10日時点での日銀保有長期国債の簿価は、500.8兆円だ。他方で、「日本銀行が保有する国債の銘柄別残高」によると、額面ベースでの長期保有国債額は487.5兆円だ。日銀が償還まで保有すれば、この差額(13.3兆円)だけの損失が発生することになる。
日銀保有国債の含み損は、2013年末時点では2.7兆円にすぎず、2015年末時点でも5.9兆円だった。しかし、マイナス金利政策によって、含み損の拡大ペースが加速したのだ。
いま、こうした異常な状態からの脱却が必要とされている。
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