グーグルの「Project Jacquard」が手がけた最新のウェアラブルデヴァイスは、キックの強さや動きの速さなどを認識するスマートなインソールだ。サッカーゲーム「FIFA Mobile」、アディダスのコラボレーションによって誕生した「adidas GMR」は、グーグルが描くアンビエントコンピューティングのヴィジョンを指し示している。
TEXT BY JULIAN CHOKKATTU
グーグルによるプロジェクト「Project Jacquard」は、デニムジャケットに組み込まれたセンサーから始まった。特殊な布地によって袖に触れてスマートフォンを操作できるようになっており、手のひらで袖を上にスワイプして聴いている曲を変えたり、下にスワイプしてUberを呼ぶといったことができる。自転車に乗っているときにダブルタップして、到着予想時刻がヘッドフォンから聞こえる、といったことも可能だ。
こうしたグーグルのウェアラブルセンサー技術は、タップやスワイプを超えて進化している。Project Jacquardの「Jacquard Tag」と呼ばれるセンサーは、いまやシューズのインソールに組み込まれ、体の動きを自動認識できるようになったのである。
Tagをインソールに実装した最初のヴァージョンでは、サッカーの動きを追跡できるようになっている。ボールを蹴ったり走ったり、止まって再び走り出したりといった一連の動作だ。
この取り組みは、グーグルによるアンビエントコンピューティングの世界への進出の最新事例にすぎない。プロジェクトを支えているのは、グーグルの先進技術プロジェクト部門「ATAP(Advanced Technology and Projects)」のチームである。
タグの新しい構造は、どのように機能するのか。わたしたちの周りのコンピューターが、いつの間にかわたしたちの存在を感知し、しかも必要なものを必要であると感じる前に提供してくれるようになったら、どんな世界が訪れるのか──。ATAPのチームメンバーに尋ねてみた。
リアルサッカーとサッカーゲームを機械学習で融合
Project Jacquardは、2015年にグーグルの開発者会議で発表された実験的なプロジェクトである。発表の2年後、チームはこの技術をリーバイスのデニムジャケットでデビューさせた。
Tagはコンピューターそのものである。ジャケットの袖を触ると、タッチジェスチャーを最大3つまで、スマートフォン上でカスタマイズ可能なアクションへと変換できる。自転車やスクーター通勤で走行中に電話を取り出せない人々にぴったりだった。
それから時は流れて19年、グーグルは「Jacquard 2.0」を発表した。こちらのTagは初代よりも小型で、イヴ・サンローランのバックパックや、リーバイスのさまざまなデニムジャケット(手ごろな価格のものを含む)に搭載されている。
そして今回、同じTagが「adidas GMR(ゲーマー)」と呼ばれる40ドル(日本での販売価格は税別4,690円)のインソールに搭載された。このインソールは、靴がアディダス製かどうかにかかわらず、あらゆるサッカーシューズに使えるという。
adidas GMRは、EA SPORTSのサッカーゲームアプリ「FIFA Mobile」と連携できる。これによって、ヴァーチャル世界の「Ultimate Team」のランクを上げる方法は、ゲームをプレイするか、ゲーム内で課金するか、インソールGMRとタグを使って現実世界でサッカーをプレーするかの3つになった。
現実世界におけるプレーを通じてFIFA Mobile内でコインやスキルブーストを獲得するには、所定の目標を達成する必要がある。例えば、「1週間でパワフルなシュートを40回決める」といったものだ。実世界で成果を上げれば上げるほど、あなたのヴァーチャルチームも強くなる。
ゲームであれ、アートプロジェクトであれ、実世界とデジタル世界の融合は人気のアイデアだ。拡張現実(AR)要素をもつおもちゃを見てみてほしい。
だが、大半のARシステムとは異なり、Tagは周囲の環境を分析するためにカメラなどを使っていない。代わりに、Tagは機械学習を使い、デニムジャケットのハンドジェスチャーを理解するよりはるかに高度なレヴェルで、装着者の足と体の動きを認識している
「Jacquardはもはや、布地や糸、袖を通じたコネクティヴィティを提供するものではないのです」と、グーグルでJacquardのプロダクトマネジャーを務めるダン・ジャイルズは語る。「ユーザーが慣れ親しんだ方法やユーザーの周りにあるモノを通じて、アンビエントコンピューティングを届けるものなのです」
動きを分析するための、新たなアルゴリズム
adidas GMRを買うと、インソール1組(左右の足用に各1枚ずつ)と、Jacquard Tagが1つ付いてくる。このTagは、リーバイスの新しいジャケットや、イヴ・サンローランのバックパックに付いてくるものと同じものだ。
Tagは左右どちらか好きなほうの靴に取り付けられる(このときバランスをとるために反対の足の靴にもダミーのタグを入れる)。TagをFIFAのゲームとペアリングしたら、シューズを履いてサッカーのフィールドへ行こう。走り回っているときにスマートフォンを近くに置いておく必要はない。Tagは機械学習のアルゴリズムをデヴァイス上でローカルに運用するからだ。
このTagは賢く、サッカー場へ歩いて行くときの動きはトラッキングしない。サッカー特有の活発な動きを検知して初めて、その演算能力を使い始めるのだ。
それでは、Tagはどうやってサッカー特有の動きを認識するのだろうか? これには加速や角度の変化を測定するセンサーと、パターンを認識するよう訓練されたニューラルネットワークを稼働するマイクロコントローラーが使われる。
「新しい機械学習アルゴリズム一式を新たに開発しなければなりませんでした。Tagのセンサーが集めるデータを、そのときの動きに応じて解析できるようにです」と、グーグルATAPの主任機械学習エンジニア、ニコラス・ギリアンは話す。
高度に訓練されたニューラルネットワーク
パターンからは多くを学べる。例えば、ランナーから送られるデータはワークアウトの間は始終安定していて、非常に周期的だ。これに対してサッカー選手のデータはずっと不規則で、非活動的な時間もあれば、突然加速したり、急な回転が加わったりすることもある。
ギリアンいわく、グーグルはアディダス、EA、サッカー専門家の協力のもと、異なる場面(トレーニング中や実際の試合中)でプレーする人々からデータを集めたという。こうして集まったデータは、何千ものニューラルネットワークを訓練するために利用された。サッカーの複雑な動きをニューラルネットワークが理解できるようにするためだ。
なお、データは匿名化されており、特定のユーザーにはひも付けられていない。また、タグにはGPSや位置追跡機能もついていない。
ニューラルネットワークは非常によく訓練されており、Tagは急な方向転換やキック、走行距離、ピーク時のスピード、パスとシュートの違い、キックのパワフルさを認識できる。キックしたあとのボールのスピードを予測することさえ可能だ。これらすべてが、プレイヤーの動きにあわせてリアルタイムで計算される。
ギリアンいわく、このような機械学習モデルは、しばしばサイズがギガバイト規模になるという。だがATAPチームは、これを数キロバイトに圧縮することに成功し、データをTag上で走らせられるようにした。これはグーグルが「Google アシスタント」のアルゴリズムを圧縮し、自社製スマートフォンの「Pixel」でローカルに稼働できるようにしたことと似ている。
ただし、FIFAアプリで目標の達成具合を確かめたい場合、プレーヤーはスマートフォンのところまで行き、データがゲームに送られるまで待たなければならない。それ以外は普通にサッカーをしてもいいし、ヴァーチャルチームを強くするために目標に取り組んでもいい。
あなたが熟練者かアマチュアかは関係ない。なぜならグーグルのチームは、さまざまなレヴェルのプレイヤーのデータを集めたからだ。「プレースタイルを変える必要はありません」と、ジャイルズは言う。「いつもと同じようにサッカーをするだけでいいのです」
グーグルが目指すアンビエントコンピューティングの未来
グーグルはアンビエントコンピューティングの未来へ向かって、ゆっくりと動いている。この技術があなたの周囲にシームレスに融合されている未来だ。
最新のPixelには手の動きを認識できるセンサーが搭載されており、画面の上で手を振るだけで曲を変えたり、音楽を再生・一時停止したりすることが可能になった。スマートフォンに触れたり、声で命令したりする必要はない。
さらにPixelには、自動車事故を機械学習アルゴリズムによって検知し、所有者から応答がない場合には救急サーヴィスに連絡する仕組みも備わっている。「世の中は、こうしたモーションベースコントロールの方向へと向かっているように感じます」と、ジャイルズは言う。
「アンビエントコンピューティングをスマートフォンやノートPCの中から、よりユーザーに近い場所へともっていき、もっと自然なやり取りを可能にするというヴィジョンです。アンビエントコンピューティングをプロダクトの内側に完全に“隠して”しまうというアイデアを、わたしたちは非常に気に入っています。露骨ではいけません。自然でインタラクティヴな方法で、ユーザーに価値を提供すべきなのです」
Project Jacquardは、グーグルのアンビエントコンピューティング・プラットフォームの1部門にすぎない。だが、ほかの何よりもずっとはっきりと、このヴィジョンを達成している。チームがサッカーを出発点としたのは、サッカーの動きの大半が足だけを通じて理解可能であるからだが、この技術はほかにも幅広い用途に拡大できるとジャイルズは言う。
「リストバンドに組み込もうと、ヘッドバンドに組み込もうと、同じモデルとプラットフォームが使われるのです」と、ジャイルズは語る。
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